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イタリア映画祭2005
4月29日から5月4日まで、イタリア映画祭が東京・有楽町で開催!
ここでは、以下でご紹介した「いつか来た道」やトリノを舞台にした最新作「真夜中を過ぎてDopo mezzanotte」など、昨年イタリアで公開されたばかりの映画が10本も公開されます!

そして来日するゲストもかなりの充実ぶり。人気、実力とも映画俳優としてナンバーワンを誇るステファノ・アコルシ、「真夜中を過ぎて」でトリノ映画博物館の夜警役を主演したジョルジョ・パゾッティ、大ブームとなった「私を忘れないで」で今時の女の子を演じたニコレッタ・ロマノフ(ロマノフ王朝の直系子孫!)他、総勢20人の参加があるとか。第5回という区切りの年だけに、かなり充実したフェスティバルになりそうです。
詳細は、公式ページを!




いろいろな映画が撮影されているトリノの町。まさか初期映画産業の出発点とは!こんなに多くのイタリア映画があるとは!!
読後はビデオ屋に走りましょう。ちなみに私はアントニオーニ監督のCronaca di un amoreと、コメンチーニ監督のLa donna della domenicaが気になります。
*情報の多くはサイトから拾いました。
**日本語公開タイトルがない場合は直訳を参考までに掲載しました。

■映画産業誕生の地
トリノと映画が世紀にわたる長い関係を築きあげてきたことはあまり知られていない。最初の映画制作会社ができ、イタリアの映画スターを生み、世界初のスペクタクル映画である「CABIRIA」(1914年)が撮影されたこの町を、イタリア映画の生誕の地といっても過言ではないだろう。
第一次世界大戦後はローマのチネチッタにその座を奪われるが、しかし映画都市としての魅力を失うことはなかった。バロック様式の荘厳な建築物、ポー川とそれを見下ろすトリノの緩やかな丘、そしてトリノ郊外の労働者の姿が背景となり、映画シーンに欠かせない光景を織り成してきた。実際「Cronaca di un amore」、「戦争と平和」、「La seconda volta」、「Santa Maradona」などイタリアを代表する多くの映画にロケ地を提供しており、近年では、トリノで撮影される映画制作に対するプロモーションや、協力をしているフィルム・コミッションや、モーレ・アントネリアーナに再オープンした国立映画博物館のおかげで、映画との長きに渡る関係に新たな局面を迎えている。これからも多くの作品にトリノのさまざまな顔を残し続けるはずだ。


■モーレ・アントネリアーナの映画博物館
トリノと映画との関わりをたどるのに、はずせないのはやはりモーレ・アントネリアーナだ。一昨年このモーレ内にオープンした国立映画博物館は、映画初期のコレクションと資料に関してはヨーロッパの中でも有数の映画博物館となっている。5階に分かれた館内は3200平方メートルの面積を誇り、モーレの建築様式を完璧に生かしながら、様々な資料を見て回るのに最適な空間となっている。螺旋状の階段にはそれぞれの映画に関する展示があり、アニメーションからSF、ホラー、ラブロマンスものまでと多様な作品が並んでいる。



■ポー通りとポー川周辺
モーレの後は、ポー通り(Via Po)に場所を移そう。ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「Le amiche」や最近のものではジャンルカ・タヴァレッリ監督の「Portami via」「Un amore」、ミンモ・カロプレスティ監督の「Preferisco il rumore del mare」や アメリ監督の「Cosi ridevano」など、多くの映画のロケ地として使われてきた。
通りをまっすぐに進むと、ポー川に辿り着く。トリノのロケには欠かせない場所だ。チェーザレ・パヴェーゼの小説の映画化「Le amiche」ではムラッツィ地区とトリノ丘の間を行き来する主人公らの姿が描かれている。超現実的なトリノを演出したピエトロ・キアンブレッティ監督の「Ogni lasciata e' persa」に出てくる水浴施設もこの川沿いで撮られた。「La donna della domenica」では主人公らが瀟洒なカイローリ通り(corso Cairoli)を行きかう場面も見られる。ポー川沿いに広がるヴィットーリオ・ベネト広場も「Preferisco il rumore del mare」の中に登場する。



■トリノの丘とグランマードレ
ヴェネト広場を後にして橋を渡ると正面に見えるのがダリオ・アルジェント作品に多く登場するグラン・マードレ・ディ・ディオ教会だ。彼の作品では恐怖におののくトリノの町が描かれる。グラン・マードレ・ディ・ディオ教会の後方、コロンビーニ通り(via colombini)には「Nonhosonno」で使用された不思議な形の建物があり、その少し上、ジョヴァンニ・ランツァ通り57番(Corso Giovanni Lanza 57)には「Profondo Rosso」で使用されたスコット邸(Villa Scott)がある。ダリオ・アルジェントが生み出す手に汗握るシーンはグランマードレのすぐ脇の閑静な通りで多く撮影されている。
このグラン・マードレ・ディ・ディオ教会はマイケル・ケーン主演、ピーター・コッリソン監督の「The Italian job」にも登場する。



■ローマ通りとその周辺
トリノの丘を離れ、ポー通り沿いに町の中心に戻ってこよう。左側、パラッツォ・ユニヴェルシタ(Palazzo dell'Universita)の建物内では80年代の若者の愛を描いたジャンルカ・タヴァレッリ 監督の「Un amore」が撮影された。カステッロ広場以降はこうしたロケ地が目白押しになる。
「Poliziotti」の キム・ロッシ・スチュワートらの足取りを追って、ローマ通り(Via Roma)からガレリア・サン・フェデリコへ向かうのもよし、ジャンニ・アメリ監督の「Cosi ridevano」のエンリコ・ロ・ヴェルソのようにローマ通りをポルタヌオーヴァ駅に向かうのもよし。ローマ通りやCLN広場(piazzetta CLN)も「Profondo Rosso」のワンシーンとして使われている。上述の「Le amiche」の主人公、エレオノーラとヴァレンティーナとともにローマ通りやカステッロ広場もスクリーンに登場する。高級レストラン、デル・カンビオ(Del cambio)、カフェのバラッティ(Baratti)も、「Cosi ridevano」や 「Preferisco il rumore del mare」で使われている。



■ロケ地の定番:カステッロ広場とカフェ・ムラッサーノ
カステッロ広場からピエトロ・ミッカ通り(Via Pietro Micca)に向かうとチェルナイア通り(Via Cernaia)に出る。1963年のマリオ・モニチェッリ作品、「I compagni」では主演のマストロヤンニら主人公がこのあたりを行き交った。チェルナイア通りの突き当たり、ポルタ・スーザ駅もワンシーンとして登場している。
多くの人々が行き交うカステッロ広場は、もはや映画のロケ地の定番だ。
王宮(Palazzo Reale)はヴィットリオ・アメデオ2世(ティモシー・ダルトン)のジャンヌ・ドゥ・ヴェリュ伯爵夫人への不毛な愛を描いた作品、アクセル・コンティ監督の「La puttana del re」やリナ・ウェルトミュラー監督の「Ferdinando e Carolina 」などの撮影に使われている。「La puttana del re」では、この他トリノ郊外の狩猟の館ストゥピニージ宮殿など、トリノ近郊の館や歴史建造物の中でも撮影が行われた。
またカステッロ広場近くの有名なカフェムラッサーノでは「Piccolo mondo antico」「Addio giovinezza」「Quattro mosche di velluto grigio」など多くの作品が撮影されている。



■ボルゴ・ドーラ地区とポルタパラッツォ
貴族社会、サヴォイア王家や歴史不安を描いたトリノから、ブルジョワで裕福なトリノの顔を描いたものの中では、ルイジ・コメンチーニ監督「La donna della domenica」が最も美しいサヴォイア王朝時代を描いた映画だろう。ボルゴ・ドーラ地区(Borgo Dora)が主な背景となり、主演のジャクリーン・ビセット と マルチェッロ・マストロヤンニが、ある建築家の殺人事件を暴いていく。ボルゴ・ドーラとバルン(Balon)、そしてポー川沿いの美しい通りとヴィットリオ・エマヌエレ2世通り(Corso Vittorino EmanueleII)がこのサスペンス巨編のロケ現場となっている。ボルゴ・ドーラとポルタ・パラッツォ(Porta palazzo)は、「Cosi ridevano」でもワンシーンとして撮影されている。



■ヴァレンティーノ公園とイタリア通り
町の中心からポー川沿いに南に下っていくとヴァレンティーノ城が見える。オードリーヘップバーン、ヘンリーフォンダ主演のハリウッド作品「戦争と平和」でナポレオンとロシア皇帝アレッサンドロが謁見したシーンを撮影した所だ。
南イタリア出身の工員と北部出身の娘が出会う「Mimi metallurgico」にもヴァレンティーノ公園が登場する。この公園沿いのマッシモ・ダゼリオ通り(corso Massimo d'Azeglio)と、カンパーナ通り(via Campana)の角にある廃屋は「Nonhosonno」のロケに使われた。
またその数キロ先のウニタ・ディタリア通り(corso Unita d'Italia)には、ミンモ・カロプレスティ監督「La seconda volta」でナンニ・モレッティ扮するトリノの大学教授が「鉛色の時代」(1970年代のテロが荒れ狂った時代)の若き元テロリスト女性と対面するBIT と Italia '61の建物が見えてくる。歴史建造物が残る中心地、トラムや公園などが背景となるこの作品は、重い現実を正面から受け止めた初のイタリア映画ともいえる。

最新作の中では、2001年の「Santa Maradona」や2004年公開の「真夜中を過ぎて・Dopo Mezzanotte」などが記憶に新しい。いまや人気映画俳優となったステファノアコルシ扮する大学を卒業したばかりの青年を中心に、イタリアのジェネレーションX世代を描いたSanta Maradonaでは6週間かけてトリノで撮影を敢行。一方、多くのシーンがトリノの映画博物館内で 撮影された「真夜中を過ぎて」は今年4月に東京で開催されるイタリア映画祭でも上映が決定。主演俳優、監督もゲストとして来日の予定。

 

 

 

 

Cronaca di un amore:
1950年。ミケランジェロ・アントニオーニ監督。
実業家と結婚したパオラはジュリオと恋に落ち、2人は夫の殺害計画を企てるが・・・。日本語タイトル「ある愛の記録」あるいは「愛と殺意」

Le amiche:
1955年。ミケランジェロ・アントニオーニ監督。
トリノに生きる4人の女性を描いたアントニオーニの初期作品の中の最高作品。日本語タイトル「女ともだち」

Portami via:
1994年。ジャンルカ・タヴァレッリ監督。
退屈な人生を生きるアルベルトとルイジ。2人の売春婦と夜を共にすることになるが・・・。ソリナス賞の脚本賞受賞作。原題の直訳は(私を連れ去って)

Un amore:
1999年。ジャンルカ・トヴァレッリ監督。
原題の直訳は(ある愛)

Preferisco il rumore del mare:
2000年。ミンモ・カロプレスティ監督
50年代を舞台とした出身階層の違う2人の友情を描いたストーリー。原題の直訳は(海の音が聞きたい)

Ogni lasciata e' persa:
ピエトロ・キアンブレッティ監督
原題の直訳は(好機をつかめ)

Nonhosonno:
2000年。ダリオ・アルジェント監督。
1983年のトリノに端を発するホラー映画。日本語タイトル「スリープレス」

Profondo Rosso:
1975年。ダリオ・アルジェント監督。日本語タイトル「サスペリアPART2」(当時日本で「サスペリア」がヒットしていたため。原題の意味は「真紅」)詳しいロケ地はこのサイトを。

The Italian job:
1969年。ピーター・コッリソン監督。
犯罪アクション作品。イタリアではUN COLPO ALL'ITALIANAのタイトルでも知られているよう。日本語タイトル「ミニミニ大作戦」

Poliziotti:
1995年。ジュリオ・バーゼ監督。
1976年の実話に基づいた作品。原題の直訳は(警察官)

Cosi ridevano:
1998年。ジャンニ・アメリオ監督。
70年代前半のトリノを舞台とし、南イタリアからやってきた青年の現実を描く。方言が強いため、イタリア北部で上映された際には字幕がついた。ヴェネツィア金獅子賞を受賞。日本語タイトル「いつか来た道」

I compagni:
1963年。マリオ・モニチェッリ監督。
20世紀初頭の労働者とその権利、労働組合の誕生を描いた作品。日本語タイトル「明日に生きる」

La puttana del re(「La putain du roi」):
1990年。アクセル・コンティ監督。
原題の直訳は(王の売春婦)

Ferdinando e Carolina:
1999年。リナ・ウェルトミュラー監督
1825年のナポリを舞台にブルボン王朝フェルディナンド1世を描くコメディー。原題の直訳は(フェルディナンドとカロリーナ)

Piccolo mondo antico:
1940年。マリオ・ソルダーティ監督。
イタリアのリゾルジメント期を描いた傑作。
原題の直訳は(古き小さな世界)

Addio giovinezza!:
1940年。フェルディナンド・マリア・ポッジョーリ監督。20世紀初頭の恋を描く。原題の直訳は(さらば青春!)

Quattro mosche di velluto grigio:
1971年。ダリオ・アルジェント監督。
ある殺人事件をめぐるサスペンス。
日本語タイトル「4匹の蝿」

La donna della domenica:
1975年。ルイジ・コメンチーニ監督。
トリノを舞台に繰り広げられるサスペンス。
原題の直訳は(日曜日の女)

戦争と平和:
1956年。キング・ヴィドール監督。
トルストイの同名小説の映画化。

Mimi metallurgico
1972年。リナ・ウェルトミュラー監督。
政治思想から職を追われたシチリアの青年。マフィアの口利きでトリノに職を得るが・・・。原題の直訳は(板金工のミミ)

La seconda volta
1995年。ミンモ・カロプレスティ監督。
日本語タイトル「二度目の出会い」

Santa maradona
2001年。マルコ・ポンティ監督。
イタリアの今を描く青春群像。

 

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